「文化の破壊」に関するフォーラム 報告
2015年12月26日(土)、JICA地球広場国際会議場にて「文化の破壊に関するフォーラム」を行った。副代表の中山は挨拶の中で「我々の活動の主旨がまとまりつつある。遺跡であるとか博物館、文化財等を守れないものかと考えながらの三年間がたった。しかし活動を始めた途端、ISの問題であるとか国際情勢が悪化し始め、文化財がターゲットにされてしまった。この状況の中で、専門家の方々をお招きしてシンポジウムを開催してはいるものの、正直なところどのような活動をして良いかが分からない。逆に言えば、この問題を専門家だけではなく、学生や一般の方々と共有することが、今回のフォーラムの主旨であります」と語った。
○ 山崎やよい氏(考古学者・シリア発掘調査)の講演(要約)
私がお話しできるのは、長い間住んできたシリアに関することになります。シリアは文明の十字路と言われていて、シルクロードではシリアを通過して物品が出入りしていきました。ここで重要なのは、四大宗教のうちのイスラム教、ユダヤ教、キリスト教の三つが交わり、シリアはそのそれぞれに大きく左右されてきた歴史があることです。年代を重ねて人々がアジアに流れていく中で、シリアには多くの遺跡が残されていきます。しかし、それらの重要な遺跡は、現在、爆撃や盗掘の被害に遭い破壊の危機に迫られています。これらの被害から遺跡を守るためにユネスコ、シリア考古総局、欧米のシリア文化財関係学術組織、シリア人自身の有志団体、その他があります。世界が関心を持って、さまざまな機関が活動していますが、特に遺跡現地の人の協力なくして保護は成り立ちません。
〈遺跡、文化財や無形文化財アレッポのスークの写真等を示しつつ〉
シリアの重要な遺跡や文化財が市街戦や爆撃、顕示的破壊、盗掘や密輸により脅かされています。アレッポの旧市街は人々が生活を営んでいるスーク自体が世界遺産です。したがって、市街戦等で人が居なくなってしまうとその価値を失ってしまいます。ウマイヤモスク、ボスラは空爆や爆破により破壊されました。シリア北東部のドウロ・ユーロボス、同じく北西部のエブラは盗掘が発生しています。
遺跡は人類共通の文化財と言いますが、現地の人々の生活を無視してはいけないと思います。
現在、様々な文化財が破壊され、また、一部盗掘に遭っているのも事実です。しかし、スークのように人々がいて、現実に商売をしている場所が世界遺産になっている場所もあります。ここは、人々がいなくては成り立たない場所。実際に商売が出来て人々が集まれる場所だからこその世界遺産なのです。したがって、生活できる=食べてゆける環境を成立させることが欠かせません。
どのように復興するかを考えた時に、観光で人を集めるだけではなく、どのようにして人を根付かせるかを議論する必要があります。さらには現地で、テロや空爆の恐怖に耐えながら、粘り強く遺跡保護の活動をしている人々がいます。この人たちを支える方策を考えるべきだと思っています。
○ HIS仙波氏の講演(要約)
私はHISスタディーツアー営業所というところにおります。スタディーツアーとは名所を回るような旅ではなく、自分の今後の人生の糧になるような旅を提供しようというものです。旅行には、私たちが企画する募集型企画旅行、受注型企画旅行、手配旅行の大きく三種類があります。現在、募集型企画旅行が激減しており、手配旅行と受注型企画旅行の割合が増えています。そして年度別の旅行者数を見ると、若者の海外旅行離れが進んでいます。サウジアラビアは別として、中東への旅行者数は「アラブの春」があった2011年に大きく減少しています。逆にイギリスだと2012年に若干上がっていますが、これはオリンピックが理由です。南アフリカは2010年にワールドカップがあったので、そこを皮切りに上がっていきます。旅行は社会情勢と大きく結び付いているのです。
中東はマスコミの報道の効果で、「危ない」というイメージを持たれていると思いますが、実際に弊社のホームページを見ていただけると分かると思いますが、中東にも安全な国はいくつもあります。それにも関わらず不安定な地域とひとくくりにしてしまうと、若者も敬遠し、全体の旅行者数が減ってしまうのは大変残念なことです。今後、中東は危ない場所ばかりじゃないよ、と言っていただける人を増やすことが今後の課題です。
○ 一般参加者Aさんの発言(要約)
山崎さんのお話を聞いて考えました。私はヨルダンに住んでおり、ヨルダンの文化財保護に関わっております。そこでの経験から、何かが起きる前に防止することが大切だと感じました。アラブの春の問題が起こった時、ユネスコに何か対策ができないかと相談しましたが、ユネスコでも事前に対応して具体的な行動を取ることは難しいのです。結局博物館でワークショップを開き、その際あがった意見から、データベースの整理が重要だということになり、シリアで遺跡の3Dスキャンが始まりました。そこで文化財保護をしているシリアの方々は、自国の文化を守るために危険な地域への往復をしています。何故そのような危険な行為をするのかと問うと、人は死ぬときはいずれ死ぬ、だから私が死んでもそれは神が定めた運命であり、私に取ってこの活動(遺跡保護)は神から与えられた仕事だと思っている、とのことでした。
その経験からシリア以外でも、予防的なアクションを起こすことが重要だと感じました。
中東が危ないというニュースがたくさん流れていますが、ヨルダンは安全です。ただイメージが先行して、負のスパイラルが生まれています。負のスパイラルというのは、まずは観光客がヨルダンを訪れない、そうするとヨルダンで失業者が増え、不満を持つ者が増える。それがISへの参加やデモに発展し混乱や内戦が生まれます。この負のスパイラルは危険な現象で、逆な方向に持っていかなければならない。先ほどのスタディーツアーのように、現地を良く知ることのできる機会が増えれば、雇用が生まれ、観光施設が整備され、よい方向に向くと思います。しかしまずはマスコミの情報をどうにかしなくてはならない。中東にも、文化的レベルが高い地域はたくさんあります。そのことを多くの人が知り、正のスパイラルを生み出すことが大切です。
○ 山崎氏の補足
シリアでは2011年に騒乱が始まって、それ以降各博物館の遺跡を別の場所に移しています。ですからシリアに関しては、小さな遺跡などは避難させたのでそこまで大きな被害はありませんでした。私は現在無形文化財に関心を寄せております。例えば、シリアの音楽家を日本に呼んで、演奏会を開くといった活動が行われましたが、こうした活動で無形文化財に対する支援ができると考えています。また、文化財や美術に関する保護ですが、まず、技術者を育て、見つけ出すことが大事で、その人たちを中心にして技術や美術を保存していきたいと考えています。問題は、避難するところもないままシリアにいて、ISの支配下にいる人々がISと見なされてしまうことです。こうした人々を何とかしてあげたいと強く思います。
○ 一般参加者Bさんの発言(要約)
山崎さん等の現地に即した具体的なお話が心に残りました。特に、ISの支配のもと、シリアの方々が、自分たちでシリアの文化財を守ろうとしているというお話。聞いている私たちが勇気を貰えるようなお話でした。ISの話になりますが、ISが先進資本主義国の共通の脅威となったことで、現在の先進諸国の民主主義が秘めている問題が明らかにされたのではなかろうかと考えました。つまり、現在の民主主義が欧米列強の豊かさの結果であるとすれば、それは、欧米列強が19、20世紀にかけて現在の中近東・アフリカ・アジア地域を収奪してきた結果ではないか。資本主義経済システムにおいては、誰かが豊かであるためには誰かが貧しくなくてはならないように、先進国の豊かさはこれらの途上国の貧しさの上に成り立っているのではないか。アフリカや中近東に見られる直線的な国境線はまさしく西欧列強の都合によるものではないのか。そういえば、ギリシア・ローマの民主制も奴隷制の上に成り立っていましたが、世界の現状は、それに似た構造ではないかと思うのです。
民主主義の実現には、手間と時間と、そして富が必要なのかもしれません。すでに貧しかったり、貧しくなりつつあるとき、人は民主的であることが難しくなります。そう考えると、無条件で民主主義を善とし、だからこそその敵「IS」を皆殺ししてもよいと空爆をする、というのでは、本当の解決になるとも思えません。「難民」も「IS」もそれを生み出したのは、他ならぬ「西欧的価値観」ではないでしょうか。家族を持つがゆえに「難民」となり、身軽ゆえに「テロリスト」となる。両者の差異はその程度かも知れません。そして、「経済格差」はそれこそグローバルな問題になりつつあります。それ故に、「テロリスト」予備軍は先進国にも存在するのだと思います。
私は現役を退き、世の中との関係は細くなりました。でも、思考停止だけはすまいと思っています。私のような者に考える機会を与えてくれたこのフォーラムに感謝します。
○総括(中山)
現地の人たちの生活の基盤がないと、生活はなりたちません。生活の基盤は多種多様ですが、我々が関わることができるとすれば、観光に行くというのも一つの生活を支える手段になります。中東は不安定と言われています。しかし、その中でも、少なくともここは大丈夫だと発信することは大事。その意味で、現在、HISと商品開発をし、スタディーツアーをさせていただいています。今回のフォーラム参加者の方も仰っていましたが、我々のスタディーツアーで負のスパイラルを少しでも和らげることができれば、意味あるものになるはずです。
次に、バーチャルミュージアムについて。日本のバーチャル技術はハイレベルですが、一つのバーチャルをつくるだけで巨額の費用がかかってしまいます。実はそんな中で某協会から、お金のないアジアの博物館で、データ収集の技術を教えてほしいところはあるだろうかという問い合わせもありました。この事例から、今後、博物館と博物館を繋げることを、我々の活動にできるのではないかと考えました。また、文化財の3Dデータの収集、整理と公開が、盗掘した文化財の闇取引を防ぐという意見にも大いに興味があります。
今参加している学生や一般の方々にお願いしたい。中東は不安定で危険だというイメージを持たないでほしい。不安定な地域もあるが、安心して旅行が出来る場所もたくさんあります。また、こうした問題を解決する手段は中東の人々と交流しつづけることが肝心だと思います。中東というのはアジアとヨーロッパとが交差する、実に興味深いところなのだと、認識してほしいです。
文責 引地 優